COLUMN03
題名

方言のオノマトペ

著者
小野 正弘 (明治大学文学部 教授)

 日本語には、方言独自のオノマトペが、多く存在します。つまり、ある土地でしか聞くことのできないオノマトペがあるということで、逆に言えば、その土地以外のひとにとっては、聞いたことがなくて、言われても容易に意味が理解できなかったり、誤解したりするものであるということになります。
 たとえば、東北地方に分布する「はかはか」。どんな様子や状況を表わすオノマトペだと思うでしょうか。ある辞典によると、「はらはらするさま。気をもむさま」「走ったあとなどに、どきどきするさま」を表わすとされています。大きくは違っていないのですが、出身者の感覚だと、少し違います。いや、もしかしたら、出身者同士でも、微妙に違うのかもしれませんが。「はかはか」は、息を深くつけない、軽い呼吸困難な状況を表わしているように思います。なので、走ったあとに「どきどき」する、というのとはちょっと違います。血流の問題ではなく、呼吸の問題です。だから、むしろ、「はあはあ」のほうが近い。けれども、「はかはか」は、「はあはあ」のような長いスパンの呼吸ではなく、もっと短いスパンの、すこしつっかえるような、細かな呼吸しかできない様子を表わしているわけです。もちろん、「ぜいぜい」とも違う。「ぜいぜい」は、「はかはか」と比べて疲れ切っている様子が強調されているし、呼吸のスパンも長いという点が異なります。と、こんなふうに、方言独自のオノマトペは、その土地に生まれ住んでいないと分からないような、独自の現象の切り取りかたをします。
 ですから、東北地方の病院で「先生、なんだか、最近、ちょっと走っただけで、はかはかしてしまうんですけど…」と患者さんの訴えたとしても、他の地域で育った医師には通じないということになってしまいます。